NEWS&感謝の言葉

このエントリーをはてなブックマークに追加
 
名前入りの「ご尊名の歌額」はお蔭様で、夢京都館の長い売れ筋商品です。

NEWS&感謝の言葉

こちらの、新しい店舗へお問い合わせを頂戴し、会社様よりご購入頂きました。

はじめまして。◎◎業を経営しています。□□会社□□□□というものです・・・
2代目の社長名で短歌をよまれているのを拝見し すごく心にくるものがありました・・・
会社の繁栄をこめて、ぜひ弊社の短歌をよんで頂きたくご連絡を入れました・・・
(初稿をお知らせし、ご担当者様より確認のご連絡を頂きました。)

お世話になっております。早速 拝見させていただきました。
ストレートに一言・・・ 感動いたしました。文字一文字 ちゃんと意味があるのだと・・・

社長は早くから社会に出て職人としての仕事をしてきたそうです。
みんなが進学し学校に行っている頃から仕事をしていたそうです・・・
社長は、我武者羅に仕事をし、経験を積んで、会社をはじめ一代でここまでやってきました・・・
もちろん現役で現在も現場に出ています。

この詩の作品を読ませていただいて 人にはわからないほどの苦労をしてきた 社長にすごくあっている感じがしました。 社長が今 会議に出ていますので・・・ 帰り次第 社長と決めて連絡させていただきます。
(社長より、了解のご連絡)
お世話になっております。社長から回答を得ました。ご尊名の歌1番目の、〇〇会社の法人名が入る分でお願いいたします。本当にありがとうございました。
        
今回は、社名で詠ませて頂きました。
会社名でのご注文もお承りしています。今後ともよろしくお願い致します。心より感謝、歌人 観修京谷 
            

夢京都館、これまでのNEWS

★夢京都館が「日本一明るい経済新聞」に紹介されました!・・・関西でご活躍の竹原編集長には、本当に元気を頂きました。私が前途を拓く礎となった、ものすごく影響力を持った方です。 感謝を込め、お贈りした「ご尊名の歌額」をお受け取り頂きました。

☆旅行新聞社(全国版)に京都で活動中、観修京谷氏の作品が掲載されました。

夢京都館、これまで頂いた感謝の言葉

(1)名前歌の初稿・修正稿後に届いたメール。(一部を掲載)

「確認いたしました。ありがたい事です。心より感謝申し上げます。
どうぞ色紙の ご制作、よろしくお願い申しあげます。

「夢京都館様 お世話になります。
再稿、確認しました ありがとうございます。素晴らしいです。
お手数かけて申し訳ありませんでした。
この歌でよろしくお願いいたします。 ◎◎◎◎

「歌の確認メールありがとうございました。 早速家内にも見てもらいましたが、
素敵な歌だと喜んでくれて ます。 初稿でお願いします。
来客時に歌の意味の説明も必要かと思い、大切に保存しておきます。

(2)名前歌の商品をお届けした後に届いたメール。(一部を掲載)

「夢京都館様  ○○市の◎◎です。
本日届きました、とても素敵ですね、思ったより大きくて喜んでおります。
大切に飾ります、友人が来たら自慢できます(笑)
もしかしたら欲しがるかもしれませんね、その時はサイト紹介 しますね。
これだったらまたお願いするかもしれません、その時はどうぞよろしくお願いします。

  ○○県に住む◎◎◎◎です。【◎◎創業祝い】の名前額が昨日届きました。
中身を拝見しました。とても素晴らしかったです。ありがとうございました。

夢京都館 御中
本日作品が無事届きました。すごく素敵で感動しております。時間もタイトで大変だったと思います。
本当にありがとうございました。感謝いたします。
またお祝い事がありましたら是非お願い致します。◎◎◎◎㈱ ○○より

観修京谷より、メッセージ

「上記のメールに対し・・・」有り難き事です。 心より御礼申し上げます。
この感謝、感激のメールが、何よりの喜びであります。

観修京谷の歌の流れを受け継ぐ観修京泉が、自身の大好きな戦国武将の名前で、現在 同姓同名の方からご依頼のケースを想定し日々修行の場でご尊名の歌を詠んでいます。

観修京谷」 「大川孝夫」 「徳川家康」 「健太&美希」 「Michael Davis」 「大川孝夫2」 「徳川家康2」 「大川孝夫3」 「法人様向け」 「観修京谷2」
日々の鍛錬に、戦国武将の名前で歌を詠んでいますが200首目を数えた記念に、西郷隆盛で詠んでみました。お贈り先さまの名前入り、名前の詩歌、短歌の、商品イメージにご覧くださいませ。
西郷隆盛さま、、ご尊名の歌額です。

西東 郷に青雲 棚引きて 隆成る前途 盛運の路  
         にしひがしさとにせいうんたなびきてりゅうなるぜんとせいうんのみち
                       
青雲の志を抱き、西は鹿児島から東は東京を中心とする新しい国家の明治維新を成し遂げました。
思いは隆なる前途を歩み、日本の盛運の路を切り拓くも、西郷隆盛さんは時代の波に飲み込まれてしまい
ました。私だけでなく、誰もがやるせなさを感じたことでしょう。

既に歌心を持ち合わせている観修京泉は、着実に歌人としての実力を高めています。 二代目の成長に、観修京谷も大変喜んでおります。訪問は下記のリンクへ

一人称って面白いなと思います。みども、まろ、われ、わらわ、わし、わたくし、
それぞれ時代や地域、立場や性別によって変遷と定着を繰り返してきた・・・一人称
これほど多様なのは、世界の中でも日本だけではないでしょうか?
今回は、「わし」が当時の一人称の主流だった戦国時代にスポットを当て、
名だたる武将の名前歌を創作しましたので、商品イメージのご参考としてご覧くださいませ。 観修京泉
(1)「毛利元就」 「吉川元春」 「加藤清正」 「小早川隆景」 「尼子経久」 「藤堂高虎」 「佐々木義賢」 「浅井長政」 「鈴木重秀」 「明智光秀」 「島津義弘」 「高橋紹運」 「福島正則」 「立花宗茂」 「足利義輝」 「松永久秀」 「長宗我部元親」 「三好長慶」 「大友宗麟」 「羽柴秀吉」 「柴田勝家」 「丹羽長秀
滝川一益」 「前田利家」 「斎藤道三」 「黒田孝高」 「村上水軍」 「武田信玄」 「上杉謙信」 「織田信長」 (31)~「今川義元」 「太原雪斎」 「井伊直政」 「石田三成」 「伊達政宗」 「北条氏政」 「真田信繁
真田昌幸」 「本田忠勝」 「佐竹義重」 「山本勘助」 「武田勝頼」 「高坂昌信」 「北条早雲」 「北条氏綱」 「上杉景勝」 「直江兼続」 「村上義清」 「佐竹義宣」 「佐々成政」 「前田利家」 「大谷吉継」 「織田信忠」 (54)~ 「織田信雄」 「織田信孝」 「徳川秀忠」 「本田正信」 「石川数正」 「酒井忠次」 「榊原康政
山内一豊」 「細川忠興」 「細川藤孝」 「佐久間信盛」 「堀尾吉晴」 「浅野長政」 「木村重成
荒木村重」 「足利義昭」 「脇坂安治」 「小早川秀秋」 「加藤嘉明」 「来島通総」 「立花道雪
(75)~ 「毛利勝永」 「小西行長」 「宇喜多直家」 「服部半蔵」 「前田慶二」 「島 左近」 「蒲生氏郷
赤井直正」 「赤尾清綱」 「秋田実季」 「秋山虎繁」 「朝倉宗滴」 「蘆名盛氏」 「阿蘇惟将」 「安宅冬康」 「三木頼綱」 「甘糟景継」 「甘利虎泰」 「荒木氏綱」 「有馬晴純」 「安東愛季」 「池田恒興」 「板垣信方」 「一色義道」 「色部勝長」 「宇佐美定満」 ここで【100名】になりました。
(101)~ 「浦上政宗」 「遠藤直経」 「遠藤基信」 「大内義隆」 「大久保忠員」 「太田道灌」 「大村純前」 「大野治長」 「小笠原政秀」 「小笠原長棟」 「岡部元信」 「奥平貞勝」 「大関高増」 「小野寺義道
小川祐滋」 「小山田信有」 「小山田信茂」 「香川春継」 「香川親和」 「香川之景」 「松前慶広
蠣崎季広」 「蠣崎基広」 「蘆名盛隆」 「蘆名盛重」 「蘆名盛氏」 「簗田藤左衛門」 「籠手田安経
籠手田安一」 「筧 十蔵」 「垪和氏続」 「亘理元宗」 「脇坂安治」 「和田昭為」 「和田惟政」(135)まで
六角義賢」 「六角義治」 「納屋助左衛門」 「鈴木重朝」 「鈴木佐太夫」 「鈴木元信」 「林 秀貞
林崎甚助」 「龍造寺隆信」 「龍造寺長信」 「龍造寺政家」 「龍造寺信周」 「龍造寺家就」 「留守政景」 (150)~「立原久綱」 「立花道雪」 「香川元景」 「甲斐親直」 「甲斐親宣」 「甲斐親英」 「海北綱親
柿崎景家」 「柿崎晴家」 「葛西晴胤」 「葛西晴信」 「笠原清繁」 「笠原信為」 「笠原政尭」 「笠間綱家」 「笠間幹綱」 「梶原政景」 「春日虎綱」 「糟屋武則」 「鎌原重春」 「鎌田政近」 「鎌田政虎」 「鎌田政冨」 「鎌田政年」 「金上盛備」 「金光宗高」 「金井秀景」 「神余親綱」 「金森長近」 「可児吉長」 「立花直次」 (181)~ 「立花宗茂」 「里見義堯」 「里見義頼」 「里見義弘」 「里見義康」 「来島通総」 「来島通康
来島長親」 「淀屋常安」 「遊佐続光」 「有馬晴信」 「柳生利厳」 「柳生宗厳」 「柳生宗矩
柳原戸兵衛」 「矢板金兵衛」 「矢沢頼綱」 「矢沢頼康」 「島津斉彬」 「西郷隆盛」 ここで【200名】 「兼重元鎮」 「狩野一庵」 「蒲池鑑久」 「蒲池鑑盛」 「蒲池鎮漣」 「蒲生賢秀」 「蒲生郷可」 「唐人親広」 「河合吉統」 「川勝継氏」 「川勝広継」 「川上忠堅」 「川上忠智」 「川上久朗」 「川上久利」 「川井忠遠」 「川副久盛」 「上遠野盛秀」 「加賀井重望」 「菅 達長」 「河田長親」 「河崎祐長」 「川田義朗
神戸具盛」 「菊池義武」 「菊池則直」 「木沢長政」 「木脇祐昌」 「木曾義康」 「木曾義昌」 「木村由信
(232)~「木村清久」 「木村吉清」 「木村重成」 「木村重茲」 「木山紹宅」 「木山正親」 「北 就勝
北 秀愛」 「北 信愛」 「北 信景」 「北楯利長」 「北畠晴具」 「北畠具教」 「北畠具房」 「北畠具親」 「北畠親成」 「北之川親安」 「岸田忠氏」 「喜入久道」 「喜入季久」 「喜多見勝忠」 「吉川国経」 (253) 「吉川元経」 「吉川経世」 「吉川経安」 「吉川経典」 「吉川興経」 「吉川元春」 「問註所統景
籾井教業」 「木造具政」 「木下昌直」 「木下秀俊」 「毛利隆元」 「毛利重能」 「毛利輝元」 「毛受勝照
明智秀満」 「末吉孫左衛門」 「本多忠朝」 「本多忠政」 「本多忠勝」 「本多正信」 「本多正純
本多重次」 「本庄繁長」 「本山茂宗」 「吉川元長」 「吉川広家」 「吉川平介」 「木下秀規」 (282)まで
木下家定」 「木下俊定」 「木下重堅」 「木下頼継」 「木下祐久」 「木下吉隆」 「木付鎮直」 「肝付兼興」 「肝付兼続」 「肝付兼篤」 「肝付兼護」 「肝付兼寛」 「肝付兼三」 「肝付兼盛」 「肝付兼幸」 「肝付兼演」 「京極高清」 「京極高吉」 ここで戦国武将、名前入り・名前の詩歌が【300名】になりました。
京極高次」 「京極高知」 「京極高延」 「吉良持清」 「吉良持広」 「吉良義信」 「吉良義元」 「吉良義堯」 「堀立直正」 「堀尾忠氏」 「堀尾吉晴」 「堀内氏善」 「堀 直政」 「堀 秀政」 「堀 秀治」 「北条氏邦」 「北条氏繁」 「北条氏直」 「北条氏政」 「北条氏照」 「北条氏勝」 「北条氏康」 「北条氏規」 「北条高広」 「北条綱成」 「北条長綱」 「北条景広」 「望月六郎」 「蜂須賀正勝」 「蜂須賀家政」 「蜂屋頼隆」(331)迄 「芳賀高定」 「吉良義郷」 「吉良義安」 「吉良義昭」 「吉良親貞」 「吉良親実」 「桐生助綱」 「桐生親綱」 「桐山信行」 「弓徳左近」 「清田鎮忠」 「久野宗能」 「久米義広」 「日下部定好」 「来島通総
来島長親」 「草刈重継」 「草野直清」 「櫛橋伊定」 「櫛引清長」 「九戸政実」 「九戸実親」 (353)まで 「九戸信仲」 「熊谷直清」 「熊谷信直」 「熊谷広真」 「熊谷高直」 「熊谷元直」 「国司元武」 「国司元相」 「国司元蔵」 「黒川景氏」 「黒川晴氏」 「黒田重隆」 「黒田職隆」 「黒田孝高」 「黒田熊之助
黒木家永」 「黒岩種直」 「口羽通良」 「口羽春良」 「朽網鑑康」 「朽網親満」 「朽木晴綱」 「朽木元綱」 「神代長良」 「九鬼澄隆」 「九鬼嘉隆」 「九鬼守隆」 「楠木正具」 「楠木正虎」 「桑山一直」 (383)まで 「桑山一重」 「桑山元晴」 「桑山貞晴」 「桑山重晴」 「玄広恵探」 「高坂昌信」 「高力正長」 「高力清長」 「河野通春」 「芳賀高継」 「母里友信」 「穂井田元清」 「保科正俊」 「片倉景綱」 「片桐且元
別所長治」 「平野長泰」 ★ ここで400首を迎える事が出来ました。
この続きは、「お問合せ」のページに移動する予定です。
全国のご当地で戦国時代の歴史を築いた武将の名前で、歌が詠まれている可能性が現状で40%程度?位までになりました。引き続き日頃の鍛錬の為にも、出来る限り戦国武将の名前で詠み続ける所存です。80%~90%を目指しております。
歌の中には武将がその時代を生きた、その通りを歌にしているケースも御座います。基本的には、現在のお客さまを想定しての修行の一環ですのでご了承を賜れば幸いです。